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2007年1月

2007年1月30日 (火)

卵巣ガン(回想) 4-2

卵巣ガン(回想) 4-1のつづき

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何が何だか、よく解らぬままに輸血をする。

これからどうなるんだろう・・・。縫合不全だよ、きっと。なのになぜ輸血なんだろうか・・・。外科の先生もまだ来ない、はやく検査をしてよ・・・。痛いよ。背中が痛くてベットに背中をつく事ができない。身体の置き場がない。死んだほうがマシ。。
全てがゆっくりペースでイライラして、ジレンマで泣いたり怒ったり、自分の運命を呪った。疲れてぼんやりぶらさがる輸血パックを眺めていた。

ようやく、外来の合間を縫ってか終えてか、主治医W先生が部屋に来た。

外科に転科して治療をしてください。といった内容の話だったと記憶しているが詳しくは覚えていない。ただ、すまなそうな表情と口調だった。

窓から燦々と陽が差す暖かな日で、汗ばむくらいの昼下がり。
そんな病室で、アタフタと外科病棟に引越す準備をした。朝に、髪を洗ってあげると看護師さんから言われていたのに・・・。どうして、こんなことになるのだろう。

重篤患者用の個室から外科病棟の6人部屋へ。空いてるベットはそこしかないようだ。真ん中のベットは狭くて暗い。

痛くて苦しくて死にそうなのに、此処か・・・。
付き添った、姉も夫も不満そう。

ストレッチャーに移れるか?と看護師がいう。鉛のような重い体はいうことを聞いてくれない。転がるようにストレッチャーに移る。振動で身体中に痛みが走る。

透視室に向かう。外来患者や見舞いの人たちが物珍しいそうに覗き込む。イヤな空気だ。ガタガタとその中をストレッチャーが進んでいく。

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【消化管撮影検査】の説明

バリウムを使用して食道、胃、十二指腸、大腸等を造影する検査のことで、この検査を行うにはX線テレビ装置が必要。
この検査はX線を連続的に照射し、動画像として内臓の動き等をテレビで観察しながら撮影を行う。
単純撮影では写すことのできなかった食道、胃、十二指腸などの内壁にX線吸収の高いバリウムと言う造影剤を塗り付けることにより表現された粘膜や微細病変を撮影して診断をする。

Tv011Tv021

←具合が悪いときに乗ると、最悪。

『健康っていいなぁ~』としみじみ思う乗り物。

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↑〔遠隔操作卓〕 ↑〔X線テレビ撮影台〕

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【大腸透視検査】の説明

大腸にバリウムと空気を注入し適度に膨らませて腸全体の形や粘膜の状態をX線フィルムに撮影する検査。
肛門から大腸に造影剤を注入するので注腸透視検査とも言う。

↓バリウムと注入管

Chu021

バリウムと空気を注入して検査が始まる。初対面のイケメン先生にいきなりの黄門様御対面。具合が悪いので、もうどうしようもないし、どうでも良い。(泣)
肛門からバリウムを注入するときに少し違和感がある。
また空気を注入されるため、お腹が張った感じもするが心配はいらない。が、辛い・・・。

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Chu011_1大腸の形態や粘膜の詳しい情報を知るためには、バリウムを内壁にうまく塗り付けなければならないので検査中には左回転、右回転などといろいろと動かされる。撮影台に固定されて行われる。微調整はやっぱり患者が動く。
具合な悪いときには、ジェットコースターのような感覚。死にそうになる。
写真のように、まるっきり下向きにはならなかったが、近いものを経験。自分の体重を支えられずグッタリ。痛みのせいなのか気が遠くなる。

検査は、X線テレビを見ながら外科先生3人と看護師1人 で行われ、自分もその映し出された映像を見ていた。

結果、やっぱり縫合不全だった。

Colonpc1①虫垂
②上行結腸
③横行結腸
④下行結腸
⑤S状結腸
⑥直腸
⑦肛門   

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私の場合、腟断端にできた腫瘍が⑥直腸部に浸潤していたため腫瘍と一緒に一部切除した。
運悪く、前回腔内放射線を当てたところの直腸にも放射線が照射されてその場所は硬くなっていたようだ。そうなったところは縫い合わせても、くっつきづらいという。

案の定、ここから出血し、手術後食べたモノもここから体内に流れ出た。

貧血と腹膜炎でショック状態だった。腹膜炎が悪化すると敗血症で死ぬ。
後から、左肋骨付近まで汚い血がきていたとW先生から教えられる。当初は背中が痛かった。その為ずっと左側を下にして寝ていた。なので、そこに汚い血が溜まったのだろう。今でも、背中と左肋骨あたりは疲れたり、風邪を引いたりすると痛む。

1月12日のカルテには、貧血進行 透視にて縫合不全判明 外科転科となり、横行結腸人工肛門造設術を施行 とある。

透視検査を終わってからは、激痛にみまわれ死んだほうがまし!はやく何とかして!人工肛門を早くつけて!と医者に懇願した。

あまりの痛みに耐えられず、痛み止めの注射を打ってもらう。強い睡魔に襲われ・・・・夫に「今から手術だよ。」と起こされ手を握ったのは、夜の7時だった。

外は、昼の暖かさがウソのように横なぐりの風に雪が舞っていた。

夫1人が立ち会って、人工肛門造設とくっつかなかった腸の処置と腹腔内の洗浄の緊急手術が行われた。

                                つづく

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2007年1月28日 (日)

お試し経口抗がん剤

1月25日の夜から、経口抗がん剤『ラステットSカプセル』をお試しで飲み始めました。

1日目、夕方に飲め。という指示だけど、とても怖くて飲めず。
寝る前にラステットと安定剤、胃薬を一緒に飲む。何も考えないようにして、寝る。

2日目朝、普通に目覚める。副作用はまだない。当たり前か?笑)
やっぱり、夕方には飲めず。就寝前にラステットと安定剤、胃薬を一気飲み。

3日目、ちょっとだるいかなぁ~?これが副作用かどうかはちょっと微妙。。
夕方の指示は無視して、就寝前に飲む事にした。この飲み方が一番自分には合っているみたい。

4日目朝、目覚めたら背中が痛い。筋肉痛っぽい? クビから肩にかけても痛い。背中全体も痛い。もしや胆石が動いたか!?何度か擦るが改善しない。誰かマッサージしてぇ~~。
水分を沢山飲むように心掛けた。 だるい。。気づくと横になっていたり、もたれ掛かっている。あれ?これはお試しの前からでは?^^;
疲れやすくなったのは、確かかな? 若干吐き気はするが、すぐ持ち直して大丈夫そう。

トマトさんからアドバイスをいただいて心強い!(*^_^*) がんばるp(*^-^*)q  がんばるp(*^-^*)q

当初、心配していた「吐き気」「口内炎」「脱毛」などの副作用が、さほど心配要らないとわかり胸を撫で下ろす。(;-_-)=3 ハァー

このくらいの副作用で毎日を過ごすなら大丈夫だ。温泉にもいけそう。東京にも行けそうだ。笑) 近い将来はパートだって出来るかもしれない。何年抗がん剤を飲むか分からないけど。。

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チョコのはなし

バレンタインも近づき・・・ 無性に食べたくなったので、チョコを買いに松島へ。

以前、松島に行った時にお土産に買ったチョコレートです。

今はちょっと下火(?)になった『松島オルゴール博物館』に隣接する喫茶店の一角にこじんまりとあります。

『ショコラティエ・ドゥ・ラ・クゥ』というところのチョコです。

あははw( ̄▽ ̄;)w 今回初めて名前を知りました。絶対、覚えられん。(^^ゞ

ベルギーチョコだったはずです。^^;

以前は、量り売りをしていたのですが、今は箱で売ってます。

200701282 200701281

左上が、ホワイトチョコ・ミルクチョコ・キャラメルチョコ・ビターチョコの4種類のミックスです。1箱1,050円

左下の青いリボンの小箱がビターチョコのみ入ってます。1箱525円です。

右側のオレンジのリボンの小箱は、キャラメルチョコです。値段は青いリボンビターチョコと一緒です。

ガマンし切れず、こじ開けて喰っちまった後に・・・「あっ、写真!」(´・ω・`)ショボーン

なので、シールのところがグチャグチャです。(;´▽`A``

写真が汚くてスミマセン。。

チョコも撮ったんですが、なんだか汚いんです。orz UPするのを止めました。

丸くて平らな500円硬貨大のチョコです。

けっこう、甘いです。当たり前?w

個人的には、ビターが好きですが・・・ はて?こんなに甘かったかしら?

記憶の味とはちょっと違っていたような・・・σ(^◇^;)

でも、美味しかったですよ

で、検索していたら仙台市内にもこのチョコを扱っている所を見つけました。

現地確認をしていないので情報として記しておきます。(自分用のメモですw)

『Cafe Cour Plus(クゥ・プリュ)』というカフェで、「ショコラティエ・ドゥ・ラ・クゥ」のチョコを扱っているようです。
仙台市青葉区一番町3-2-13信用堂ビル3F

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どんな時でも、一口食べると (p≧∀≦q)〃←こんな顔になるのは、ロイズの生チョコです。

Layer4_1271 毎回、ビターのみのお買い上げです。

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去年、夫にチョコをあげた記憶が無い・・・(;・ω・A アセアセ・・・

自分で買って、喰った記憶はある。爆)

たぶん、今年も自分で買って食べちゃうのかな?ワタシσ(^◇^;)

オレンジ家にはバレンタインはないのよ。w

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2007年1月25日 (木)

経口抗がん剤 開始

1週間前に婦人科外来で、血液検査をした。その結果次第で、経口抗がん剤を開始したいと主治医W先生は言った。

で、今日 婦人科外来に行ってきました。

血液検査の結果は、良いとのこと。白血球値もOK。肝臓も腎臓しっかり働いているらしい。 いいぞ!頑張ってるな 私。(`・ω・´)シャキーン

腫瘍マーカーも問題無しです。

副作用などを詳しく診たいので、1週間分が処方されました。

また来週も外来し、血液検査をして様子をみて・・・ 本格的に始まるのは来週からかな?

今週は、お試し期間です。 が・・・ 何と言っても副作用が心配(ノ_・。)ぐすん。。。

神経質になってはいけないと思うんだけど。小心者ですorz

飲むお薬の名前は『ラステットSカプセル 50㎎』 エトポシド製剤です。

DJ療法もTJ療法も奏効しなかったということでしょうか?

私は、新たな扉を開いたようです。 

今までは【ファーストライン(標準治療)】でした。

これから、【セカンドライン】に突入です。

詳しくは、『卵巣ガン体験者の会 スマイリー』をご覧下さい。

エトポシドは、抗悪性腫瘍剤です。
薬局のじいーさんに、副作用について詳しい説明を求めた所、のらりくらりと訳わからん説明をするので、説明書をよこせと詰め寄り奪ってきました。(;´▽`A``

それ(ラステットSカプセル)の説明書(?)によると、

【効能・効果】
肺小細胞癌、悪性リンパ腫、子宮頸癌

【用法・容量】
1、2は、省略。
3、子宮頸癌
エトポシドとして、通常成人1日50㎎を21日間連続経口投与し、1~2週間休薬する。これを1クールとし、投与を繰り返す。なお、投与量は疾患、症状により適宜減量する。

【使用上の注意】
1、2、3は省略。
4、副作用
〈概要〉21日間連続経口投与
総症例181例における副作用及び臨床検査値異常の発現率は96.7%であり、主なものは白血球減少75.1%、ヘモグロビン減少65.7%、血小板減少14.9%、脱毛59.1%、食欲不振51.4%、悪心・嘔吐42.0%、倦怠感30.9%、口内炎13.8%等であった。〔承認時〕

当たり前だけど、やっぱり抗がん剤だ。上記の副作用の他にも重大な副作用(骨髄抑制・間質性肺炎)や、その他の副作用なんてのもある。点滴で抗がん剤を投与したときの副作用の内容となんら変わりはない。w( ̄▽ ̄;)w

もっと、目を見張るのは、【臨床成績】です。

腫瘍:子宮頸癌 *) 投与方法:単独投与(21日間投与) 奏効率:23.5%(23/98)

*) 子宮頸癌における病理組織別奏効率は、扁平上皮癌では27.1%(23/85)であったが、腺癌8例(うち未治療例1例)及び腺扁平上皮癌5例(うち未治療例なし)では奏効例はなかった。

どうゆーことでしょう? 私は、腺癌です。それも漿液性腺癌と粘液性腺癌の混合タイプなんですけど・・・。

いろいろ検索して回りましたが、すっきりしません。
・・・う~~ん、W先生もいろいろと考えてのことでしょうからとりあえず1週間は飲みますけど。

どっちにしたって、セカンドラインです。
超再発体質の私には、これしか打つ手がないのかの知れません。

なにもしないで、再発の影に怯えるか・・・・

とりあえず、効くかも知れないので1カプセル2,041円(630円←保険適応でこの金額の抗がん剤を飲んでみるか・・・・

効くと信じて、高額の代替療法をするか・・・・

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悩むところです。

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追記:
ベプシド(エトポシド製剤) ※製薬会社が違う
1.肺小細胞癌、悪性リンパ腫、急性白血病、睾丸腫瘍、膀胱癌、絨毛性疾患、胚細胞腫瘍(精巣腫瘍、卵巣腫瘍、性腺外腫瘍)。
2.次の悪性腫瘍に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用療法:小児悪性固形腫瘍(小児ユーイング肉腫ファミリー腫瘍、小児横紋筋肉腫、小児神経芽腫、小児網膜芽腫、小児肝芽腫その他小児肝原発悪性腫瘍、小児腎芽腫その他小児腎原発悪性腫瘍等)。

ラステットの添付書からは、卵巣腫瘍の語句を見つけられなかった。ベプシドと同製剤であるので、卵巣腫瘍には有効のように思える。が、【胚細胞腫瘍】の中の卵巣腫瘍であるので、正直なところ分からない。。
また、ベプシドの添付書に子宮頸癌についての文言がない。これも何だか同じ製剤なのに不思議だ。

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2007年1月23日 (火)

プチオフ会in仙台

ココログのメンテナンスが長引いて・・・

(`ε´)ぶーぶー←こんな感じのオレンジです。昨日入稿するはずだった記事です。

ヤレヤレ… ┓( ̄ω ̄=)┏

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21日、日曜日。岩茶パフェさんと仙台でデートしてきました。

プチオフ会というと、3~5人くらいは居そうな勢いですが(^^ゞ なんと1対1です。

岩茶さんのことをサラッとご紹介しますと、私が人工肛門になったとき岩茶さんのブログにたどり着きました。
人工肛門になって落ち込み、更にストーマのケアに悩み・・ どうしたらよいのかと途方にくれていたときに、岩茶さんのブログに出会ったのです。

彼女はライターさんで、 『ハラキリ女のいきる道』 というブログの管理人さんです。他にmixiでも『ハラキリ女!』コミュニティも運営していらっしゃいます。(岩茶さんご自身もおっしゃっておられます。以下、ハラキリ女より引用。
”そもそもなぜ、「ハラキリ」をキーワードにしたのか、っていうのは、子宮を切ったお友達と「私たち、ハラキリ女だね」と笑いあったところから。ちょっと自虐的ですが、なんか、すっぱり言い切れるところがあるんです。”
※ハラキリという言葉に不快な思いをされた方、ごめんなさい。

もうちょっと補足すると、手術や病名は違うけど、キズ跡や心のキズ、いろんな後遺症、また手術することになったらどうしようとか、実はみんな同じことで悩んでいたりするわけです。そんな女性が集まるコミュニティが「ハラキリ女!」なのです。
ブログではちょっと言えないような濃い内容の話やストマの相談など、大変参考にさせていただいてます。
岩茶さん、スミマセン(;´▽`A``勝手に書かせていただいてます。w( ̄▽ ̄;)w
後ほど、報告に伺います。^^;

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で、そんな彼女とどうやって知り合ったかというと・・・、彼女のブログに書き込みしました(;´▽`A`` そしたら、なんとmixiの方にもお誘いいただいたのです。
私があまりにも手術した傷口を見せたがっていたからでしょうか。笑)
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私がみなさんと出会えたのも、mixiに誘ってくれた岩茶さんと拙ブログを紹介してくださったyannさんお陰です。よよよ(ToT) 
思い起こせば、スマイリーのカタギさんとお話しするようになったのもmixiからなんですよ。

岩茶さん、yannさん、どうもありがとうございます+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜

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前置きが長くなりました。(^^ゞ

で、その岩茶さんが『みちのく旅』に行くということで、宮城に居る私のことを思い出してくれて、仙台でデートしましょう!ということになったのです。

病み上がりの私に気遣って、もし大変なら次回に・・・というお話でしたが、こんな機会は滅多にありません。もうじき、経口ではありますが抗がん剤も始まり副作用も心配。。。出歩くこともままなるかどうか・・・。

なので、宮城の奥地wから仙台の街へ。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

久しぶりの仙台!人だらけです。田舎ボケで面食らいましたw

ちょっと、お洒落もしましたので・・・これがやや仇に。
普段は、ユルユルファッションな私σ(^◇^;) 着替えて寝転がりたい衝動にかられました。orz いかに毎日、ダラけているかが露呈。(-。ー;)

次回は、畳の間でお願いします!!←オレンジ心の叫び(勝手ですw)

あまりの緊張にmixiのマイミクさんには、電車男のようにデートの相談を。爆)

手術のときより緊張しました。^^;

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で、21日 岩茶さんとお会いして・・・ 感激です!(p≧∀≦q)〃キャァー

岩茶さんご本人とすぐ分かった自分にびっくりです。ブログ&mixiそのままのイメージの方でした♪

ステキな方です!美人です! ですが、とっても気さくな方なんですv

私ったら、緊張のあまりお土産も忘れて・・・orz 前の晩まで覚えていたのに(泣)
岩茶さん、スミマセンm(__)m 次回は、米を背負っていきます。爆)

岩茶さん、オトナの女性です。
私へのお土産とストマカバー&漢方薬をカバンからさりげなく出すのです。
え~~ん(>_<) ありがたやー。。

20071214 20071213

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ご馳走さまでしたm(__)m & ありがとうございました。大切に使わせていただきますv

ちなみに、オストメイトの方でストマカバーをご存じない方の為に・・・お写真どうぞ。
私も、検索してもなかなか全容が分からず試行錯誤して手作りした代物です。岩茶さんは、ストマを閉鎖したのでもうストマカバーは使わないとの事で、もしよかったらどうぞ。と私に下さいました。どうもですv おかげさまで夏に向けて、型を起こして追加製作できそうです。

20071211 20071212

←マジックテープなんですよ。バッチリ固定できそうです。

しかも、汗をかく夏場には重宝してくれそうです♪

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それと、『天仙液』 という、何だかとっても効きそうな漢方薬もいただきました。(試供品だから気にしないで。とおっしゃっていましたが・・・ホントにありがとうございますm(__)m)
高価なものだそうで、とても自腹では続けられそうもありませんが、超再発体質の私にはありがたいです。(ToT) 副作用がひどいときに飲ませていただきます♪

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喫茶店で1時間半という短い時間ではありましたが、とても楽しいひと時でした。

前日にお話しすることをあれこれ考えていたのに、お会いしたら頭の中が真っ白に(;´▽`A``
口ベタでどうもスミマセン。トホホ。。 ツーショット写真も予定していたのに・・・orz

ようやく緊張もとれかかったあたりでお別れでしたが、、次回は、ハラキリコミュの1泊温泉畳の間ゴロゴロでお会いしたいです♡”

それにつけても、体力回復しなくっちゃ!

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そしてそして、私の野望はそれだけではありませんよ。笑)
美女軍団のみなさんともお会いしなければ!!

やっぱり、それには元気にならなくっちゃ。(*^_^*) 

がんばるわよぉ(っ`・ω・´)っ

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2007年1月19日 (金)

卵巣ガン(回想) 4-1

卵巣ガン(回想) 3-3のつづき

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根治目的の腔内放射線治療もようやく終わり、一息ついていた。

季節は夏・・・。振り返ると、私は夏が苦手らしい。(若い頃は違った)
ここ数年は必ず夏バテして病院のお世話になる。体調を崩したまま秋を迎え、初冬には再発している。このパターンが続いている。

2005年の夏も私にはキツかった。
原因不明の頭痛と吐き気・嘔吐に見まわれ病院のお世話になった。

月一回の定期検査は順調だった。CTの画像を見るまでは・・・。
腫瘍マーカーもジリジリと上がりだした。主治医W先生に言われたことは、またも『再発』の2文字だった。前回と同じところだ。

何の為の抗がん剤なんだ!何の為の手術なんだ!何の為の腔内放射線だったんだ!また、崖下に突き落とされた。

1年の内に2度も手術をするなんて・・・。初発から数えれば4回目の手術だ。

また夫と母にこの状況を説明しなくてはならない・・・。気が重いことだ。

W先生は、手術を勧める。前回の開腹手術時の様子から、尿管の癒着、腸の癒着があるので識別する為に尿管にカテーテルを挿入するという。また、腸の癒着は穴があいても縫えばいいから大丈夫だとの説明だった。まさか、あんな事にあるなんて思いもよらなかった。

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年が明けるのを待って、2006年1月松飾も取れぬうちに入院した。

翌日手術。腟断端左部腫瘍切除術(腟断端一部切除)

術前処置として尿管にカテーテルを挿入。挿入は泌尿器科の外来にて施行。痛いということで尾てい骨に麻酔を注射してもらった。麻酔のほうが痛かったかもしれない。
男性が多い泌尿器科、同じような診察台だが婦人科とは雰囲気が違いかなり戸惑う。
麻酔が効いていても重苦しさはある。違和感と痛みが襲う。麻酔が切れてくると更に増す。排尿時に激痛、気が遠くなる。トイレでたまらずナースコール。過呼吸の発作も出てしまい、顔面蒼白・手足のしびれ・・・もうダメだ。一歩も動けない。

看護師さんと研修医の先生方が出てきてベットまで運ばれる。幸先悪い・・・、不安が募る。

尿管カテーテルが痛い、苦しい、おしっこが出ない、おしっこをすると痛みが走ると告げる。またレントゲンを撮る。泌尿器科の先生が来てくれ、「入れ直すか?」と言われるが、また同じ痛みを味わうのはイヤだったので痛み止めを飲んでガマンすることにした。

安定剤も飲んで明日の手術に備えた。

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手術当日、夫と両親が手術に立ち会ってくれた。手を振って別れた。

※ここからは、夫と母から聞いた話です。

手術中、担当医が手術室から出てきた。

夫と両親が呼ばれ、こう切り出された。
腫瘍は切除できました。尿管にも癒着はありませんでした。が、腫瘍と癒着した大腸を切り離して進んでいくうちに浸潤した部分に入ってしまったので、急遽外科から応援をもらい、大腸の一部も切除し縫合しました。ですが、縫合部分は放射線が当たっていて硬化しているため、くっつかないかもしれません。人工肛門になる可能性は50パーセントあります。・・・・と。

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200711901 上方にある⇔矢印と下方にある⇔矢印の間を切除した。

腫瘍を間に挟んで腟断端と大腸を一緒に切り取った。

下方の⇔(矢印)あたりが放射線が当たって硬化しているところ。

皮肉だ。この腔内放射線が後々までひびくとは・・・。

とりあえず、手術は終わった。この数時間後、私は目を覚ます。

この話を麻酔が切れかけたアタマで聞いたが深刻さは感じずに、まさか自分が縫合不全になろうとは思いもしなかった。

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術後1日目、相変わらずキズは痛い。(4回目ともなれば予想できる展開。慣れもでる)

術後2日目、3日目、食欲ゼロ。流動食が出る。オレンジジュースや白桃のピューレがおいしい。

術後4日目、5日目、徐々に回復したが、オナラが出ない、腹が張る。便も出ないので苦しい。下剤、カマを処方される。・・・が、出ない。 
尿道カテーテルを抜去され、トイレに行くが尿意のみでおしっこが出ない。激痛に襲われて疲れ果てる。術前に入れた尿管カテーテルが体を動かす度に痛い。ベット上で看護師に導尿してもらうが痛みが酷く、再度尿道カテーテルを挿入した。早く尿管カテーテルを抜いてくれるよう主治医に懇願した。(尿管カテーテルが排尿障害の原因だと本人は思っていた)

術後6日目、便と排尿障害以外は順調。大部屋に移動。気分もいいし看護師さんが今日当たり髪を洗おうか?と言ってくれる。午後からは抜鉤の予定だ。
ドレーンを抜去しようと新人女医さんがやってくる。嫌な予感が的中し、いつもと違う痛み。ドレーンが抜けない。力任せに引っこ抜かれた。なんだかブチっといったような・・・感じがした。えーっ、なんで出血・・・?と私。
慌てた女医さんはドレーンが出ていた痕を押して止血しながら縫いたいと言い出す。腰の奥が重く痛い・・・鈍痛がつづく。居合わせたYセンセは、大丈夫。大丈夫。と言う。

その言葉を信じて、ロキソニンを飲んでしばらく休む。

目が覚めてベットから立ち上がると破水したように廃液がドバッと流れ出た。また、いやな予感がする。
痛みは、ますます増してくる。今まで体験したことのない痛みが襲ってきた。
ナースコールを押す。看護師がくる。痛みを告げるが対処が遅い。遅く感じているだけか?とにかく何とかして欲しい。痛み止めを注射してもらう。しばらく経つとまた、痛みがおそう。腰が苦しい、下腹部が痛い。ナースコールを何回も鳴らす。皆、困惑する。ナースステーションの側の部屋に移って様子を見る。そんなやり取りが深夜まで続いた。強い薬を打たれて眠ってしまった。
様子を見に来たW先生に気づいた。ショック状態が治まったと思った先生は私の肩をポンポンとたたき、もう大丈夫だと安心したのか帰っていった。その時、私は痛みと置き場の無い身体を持てあましていた。薬で朦朧として声も出ないくらい疲れきっていた。このまま死ぬのかとさえ思った。

外が白々してきて、いつもより早く夫が来た。昨日のからの様子を話したら、予感していたらしく胸騒ぎがして早く来たとの事。心細かったのでうれしかった。

身体は重く鉛のようだ。貧血の症状に良く似ている。痛みもまだある。便意を模様して、看護師さんにポータブルトイレを部屋に持ってきてもらった。

ようやく便が少し出たと夫に報告した。二人で喜んだ。
だけど、ベットから立てなくなった。看護師さんに紙おむつをしてもらった。トイレに間に合わず、紙おむつの中に便を出してしまった。処理を頼んだ看護師さんは私のおむつの処理をしながら無口になってしまった、どうしたんだろうと思っていたら、ポータブルトイレの中も覗いて去っていった。私はまたも便意を模様して思いっきり、いきんだ。その時看護師さんが戻ってきて言った言葉は、「下血しているので輸血します」だった。今、出したその便を初めて確認した。ポータブルトイレの中はドス黒い血の塊が飛び散っていた。ショックでアタマが真っ白になった。そして声を出して泣き崩れた。

                                つづく

※ドレーン抜去と縫合不全の因果関係は不明です。縫合不全は卵巣ガン手術の合併症です。ドレーン抜去時に急変した原因説明を医者に求めました。医者の説明は、縫合不全との因果関係はないとし、ドレーン抜去で急変したのではないとも夫や私に説明がありました。新人女医に不信感は募りますがその証明は難しく、究明する時間と体力は当時の私や家族にはありませんでした。今の私の心境はすべて合併症と偶発症であったとして、考えないようにしています。手術の同意書には、予測される危険性(合併症及び偶発症)が記されています。これの意味する所は、「医療ミスではなく誰の責任でもない思いがけない症状が出る。」ということです。事を蒸し返すつもりも荒だてるつもりもありません。

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2007年1月18日 (木)

2007 外来初め・3科

今年になって初めての婦人科外来&外科外来&形成外科外来だった。

外科外来が9:30予約だったので、慌しく自宅を出た。少々眠いzzz

めずらしい!早々と呼ばれた。相変わらずマイクから聞こえてくるYセンセの声は美声だ。きっと、夜の世界に大枚を納めているに違いない。マイクを握ったら離さないタイプ?( ̄ー ̄)ニヤリッ

そんなことを想像しながら、診察室へ。
挨拶もそこそこに、診察台へ寝っころがりハラを出す。かなり寄せているから痛いはず、しばらく痛みはあるとのこと。かなり頑張った手術だったことを力説。う~~んありがたや!

摘出部の細胞診の結果は婦人科から聞くようにと言われる。ただ、術前の放射線治療については、ほんの一部効いていたが全くといっていいほど効いていなかったとのこと。あとからの婦人科外来でも同じことを言われる。がん細胞がイキイキしていたとw( ̄▽ ̄;)w

今回で、外科は終了とYセンセ。。突然の別れ・・・。泣)ちょっと寂しい。。

なので、ずっと胸につかえていたことを訊いてみた。
人工肛門閉鎖の話。  前回の大腸内視鏡で狭窄が見つかった件を突っ込んで訊いた。もう、私は永久なの?と・・・。閉鎖は可能だが、その前に再発しないこと。(5年間)それがクリアにならないとお話にならない。そりゃそうだ。
検査をして、バルーンで広げることが出来ればOK。ダメなら手術。最低2回は手術が必要。更に私の場合は、手術を何回もしているので腹膜がボロボロなんだそう。更に更に筋肉、腹膜、皮膚を思い切り寄せてあるので・・・Yセンセも私も無口になる。
閉鎖は考えないほうが良さそうだ。う~~ん。やっぱり無理か。

んで、何かあったらまた来るね(^o^)/と言ってさよならしたら、苦笑いされた。

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婦人科も大して待つことなく呼ばれる。今日はスムーズだ。
外科から言われた事を報告。

細胞診の結果は、『取りきれた』とのこと。残存なし!!ひゃっほ~ヽ(^o^)丿
だが、Wセンセから、経口抗がん剤を服用する事を提案される。この前にも言われたヤツだ。超再発体質だから。やむなし。

ただ、副作用がひどくて生活に支障をきたす場合は中止するとも付け加えられた。
そりゃ、そうだ。

これで1年間だけでも再発しなければいいなぁ~。。だって、私8ヶ月を超えたことがないんだもの。

もっといい方法があればそれに越した事はないけれど、再発体質の私には、経口抗がん剤が一番いいのかなぁ~。副作用は個人差があるようだけれど、こればかりはやってみないと副作用の度合いは分からない。副作用・・・心配。。オキシコンチンの悪夢が蘇る。

血液検査の結果次第で来週から経口抗がん剤治療がはじまります。複雑です。

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11時に終わっちまいました(* ̄∇ ̄*)エヘヘ  時間余りまくりです。
形成外科は13時からなので、売店でおにぎりと野菜ジュースを買って早いお昼。診察時間まで、婦人科カルテと外科カルテを読みまくり。ヘタな雑誌よりよっぽど面白い!

ようやく、呼ばれて診察台に。
外科のYセンセと同様のお話。で、お腹の張りについて、2、3訊いてみた。

Q:皮膚がピリピリするのでオイルマッサージをしてもいいか?
A:優しくだったら良いらしい。タオルでゴシゴシはNG!垢が少し溜まっているようなのでキレイにするように指摘される。orz  ハジカシイィィ(*/□\*)
何度も同じところを切っているので凹凸が激しいのじゃ!怖くてようとれん!と言い訳したい(>_<)

Q:術創の上部がよれてシワになっている、問題ないのか?
A:かなり寄せているので仕方ない。別に問題はない。
斜めにヒダが入っています(x_x)気になるのに問題なしと一蹴。

Q:術創の上部の腸のところが炎症を起こしているようで痛い。
A:形成外科には(手術したところとは)関係ないように思う。放射線の副作用かな?
や、やっぱりσ(^◇^;)でも、気になる。

次回の形成外科外来の予約は2月です。何の問題もなく形成外科は終了しました。

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2007年1月16日 (火)

卵巣ガン(回想) 3-3

卵巣ガン(回想)3-2のつづき

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手術で取り切れず腔内放射線を勧められ、大学病院に通院することになった。

屈辱の腔内放射線治療が始まる。術後退院してから20日前後のことだ。

担当医から腔内放射線についての説明を夫と共に受ける。

早いほうが良いとのことで早速明日しようということになりスケジュールを調節してくれた。温和な顔したメガネの白髪混じりのオジサン先生。。人あたりのいい先生でなんだかちょっと安心する。

週1回の治療を5回することになった。(1回6gy(グレイ))夫と私はこの温和な先生と堅く握手をしてお願いしますと頭を下げた。

腔内放射線は、外部放射線と違って「イシ」を購入しなくてはいけない。「イシ」そのものをではなく、『使用権利』を買う。初回きりの支払いだが、はっきりいって高い。1回の治療費も外部放射線の倍値だ。私はおもいっきり庶民レベルなので、唸った。だが、ここでやめる訳にもいかない。

・腔内放射線の説明
放射線治療装置:腔内照射装置(RALS)
200701171_1 .

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腟断端ガンは、子宮頸がんの照射方法と似ています。(同じ?)
※標準治療:膣断端癌 Gy004 マクロ病変 頸癌に準じる  
              Gy005 ミクロ病変 Ovoid単独、6Gyx4-5fx


【子宮頚がん腔内照射】
子宮頚がんの放射線治療では、通常の外照射に加えて下の写真のようなアプリケーターを膣より子宮内腔に挿入し、腔内照射を加えるのが一般的です。これによってがん病巣により大線量を投与し、がんを治療します。進行がんでは化学療法(抗がん剤)も併用して良好な治療成績を得ています。
200701172_1 .

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子宮腔内照射用アプリケーター 
挿入模式図
 
001d_021 .

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●腔内放射線治療
初回は、2時の予約だった。 当初、1人で電車で行く案も出ていたが体調も落ち着かず、1人で行かせるのはとても心配だと家族会議で決まり、夫に送迎してもらう事になった。
片道1時間半のみちのりを夫の運転で行く。道路も混んでいる。座席に座っていられない。シートを倒して横になる。こんなことをこの先4回は、しなくてはいけない。そう思うだけで疲れた。病院に着いたが、駐車場が空かない。勝手がわからず右往左往する。ようやく駐車し院内に入るがごった返している。人の多さに酔う、ただただ・・・ため息。

迷路のような通路を通り地下2階の放射線室に行く。次回も迷子になりそうだ。
受付をしてしばらく待合室で待つ。

ロキソニンを飲んでいたほうが良いと言われ飲む。緊張気味なので安定剤も飲む。
ようやく呼ばれて、トイレに行くように促され済ませて中へ。

広い部屋だ。20畳以上あるのか?大きな機械がある。部屋の真ん中に診察台。横にガラス張りの部屋(機械室?司令室?)がある。BGMが流れている。クラッシック・・・だったかな。 ちょっと肌寒い。

初回なので、スタッフの紹介、軽い挨拶を交わす。女性はこなれた40代から50代の看護師さんだけ。身の回りの世話をしてくれる。研修医が入れ替わり数名はいる。私1人に随分な人数だ。大学病院なので致し方なし。しばらくして先生登場。

下半身は全て脱ぐ。病(検査)衣を着たのかは、覚えていない。
踏み台を用意され、診察台に乗る。その際、糊のきいた足袋を履かせられる。タビではない。あしぶくろだ。太もも辺りまで来るシーツと同じ生地で白く、共布のヒモでしばる。
それが終わると足を開いて仰向けになる。バスタオルをかけてもらい天井を見つつ待つ。
診察台がせり上がり、先生の顔が股の間に見え隠れする。研修医も覗く。かなり屈辱的でいたたまれない。羞恥心、人間の尊厳などの言葉の意味を考える。
「治療なんだから!」「これでガンとはオサラバできるんだから!」と自分に言い聞かせる。

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=治療のながれ=

膣鏡を挿入して診察。初回治療時には、目印となるように小さな鉛の玉を刺入する。 次に、 腫瘍の位置が確認されたら、金属製の拡張器を細いものから順番に挿入し、内腔を拡張していく。個人差があるが、初回治療時が最も痛みを感じる。 内腔が充分に拡張されたら、細い管を子宮内に挿入する。 次に子宮頸部に2本の管を密着させる。 これで治療の準備は整うが、膀胱、直腸への被爆を軽減するために、管の前面と後面にガーゼを挿入する。(少し痛みがある)  これで、準備完了。

膣鏡を抜き(少し痛みがある)、管がうまく挿入されているかを確認するためのレントゲン写真をとります。写真で位置を確認後治療が始まります。
治療の時間は大体30~40分程度。  
治療が終了したら、管を抜き消毒をして終了となる。

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私の場合、照射時間は5分から10分程度と記憶している。その間、身動きする事を禁止され、辛い。
準備にほとんどの時間を費やす。長い・・・。毎回出血する。

救われるのは、痛い準備中に40代から50代のこなれた看護師さんが手を握ってくれたこと。そして、「大丈夫?」「もう少しだから」と絶えず声を掛けてくれていた事だった。

拡張器を少しずつ入れていく。腟断端なので広さも奥行きもないそこを無理やり広げる。穴が開きそうで怖い。痛み止めは効いているのだろうか?それでも痛い。
そのあと放射線を出す管を挿入し、固定する為にガーゼを押し込む。これも擦れて痛い。これで準備が整う。

先生、研修医と看護婦さんが部屋を出ると、入れ違いに被爆を避けるための防護服を来た放射線技師が入室する。腰の部分を固定して、管がうまく挿入できたか確認するためにレントゲン撮影をする。その後、コンピューターが位置を計算をする。照射の時間は5分から10分くらい。ギギギー、キューン、ガガガと機械音と小さな振動がして、放射線が放射される。
足を大きく広げたままの状態で、天井の模様を見ながら何も考えないようにするが、どうしても涙が溢れてくる。さすがに4、5回目は耐えに耐えた。

動いてはいけないので、背中とお尻が痺れて痛い。一部は麻痺して感覚がない。終了後は、足取りもおぼつずよろよろと退室。しばし待合室の長いすで休む。いつも夫が待っていてくれた。

回を重ねると先生が研修医に施行するよう指示した。来た!練習台だ!仕方がないけどちょっとショック・・・。不安がつのる。
施行するのに精一杯で私を気遣う余裕もない。先生に注意を受けている。大丈夫なんだろうか?先生にやり直して欲しくて仕方なかった。この時は本当に不安でいっぱいだった。痛くて痛くて泣けた。

最終日は、放射線の副作用の倦怠感も溜まってきたのか、かなり疲労困憊。やっと治療が終わるという安堵感からか終始ヘロヘロだった。ただ、気持ちは開放感でいっぱいだった。
先生や看護師さんに深々とお辞儀をし、主治医宛のお手紙を預かり全5回の腔内放射線治療は終わった。

院内の喫茶室で紅茶と焼きたてパンを頂いた。もう、ここのパンも食べれない。嬉しいやら寂しいやら・・・。

※以上の治療は私に限ってのことですので、すべての腔内放射線治療に当てはまるものではありません。また、当時の記憶で曖昧な箇所もありますが了承ください。

                                  つづく

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2007年1月15日 (月)

卵巣ガン(回想) 3-2

卵巣ガン(回想)3-1のつづき

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2005年春。卵巣ガンが再々発した。抗がん剤を3クール投与するも奏効せず、3度目の手術をすることになった。

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※当時のメモを見つけたので、一部メモも交えて書きます。

前回の抗がん剤治療終了から20日くらい経ってからの手術となった。

その間、風邪と貧血の症状が抜けきれず、どんよりとした日々が続いた。

準備万端!といは言えない入院当日だった。

・入院
私がお世話になっている婦人科の入院時間は9:30と決まっている。その時間には病棟のナースステーションに顔を出していないといけない。ギリギリセーフ。

2人部屋に案内される。リカバリーもここの病室なので手術したらここにまた帰って来る。そして、尿管カテを抜去して歩けるようになると大部屋に移される。毎回それはかわらない儀式のよう。

・手術当日
私の手術は2時半から・・・。夫と両親が私の帰りを待つ。

【術式】腟断端左部腫瘍切除術

目覚め悪く、嘔吐。
毎回、嘔吐する。その度にキズが痛む。呼吸が苦しい。

・2日目
やはり腹が痛い。食欲ゼロ
両親と弟が来た。弟は東京に帰るのでその前に顔を出したようだ。

・3日目
やっぱり腹が痛い。食欲もゼロ
母と姉が来る。

・4日目
尿管カテ抜去 歩行開始する
姉が来る。さすが姉である。かゆいところに手が届く ありがたい。

・5日目
腹が異常に膨れるし便も出ない。先生に診てもらう。下剤と座薬を処方してもらう
案の定、大部屋に移動。

(別のメモより)
体調芳しくなく手術当日を迎える。午後2人目、第二手術室2時半。歩いて手術室に向かった。夫、母、父立会い。1度目、2度目より緊張した。
顎関節症の為、口が2cmしか開かない。気管のチューブをどうやって入れたんだろう。
目が覚めたとき、何か夢を見ていたんだけど思い出せない。
腫瘍を取ることできず、中を開いて内容物をかき出したとW先生から説明を受けたと夫と母が言う。放射線治療も必要だとか。
3日目まで吐き気で食事が取れず辛かった。今日、背中の麻酔がようやくとれた。歩くのも何とかできる。ただ、休まないとまだダメだ。息切れ・・・
昼、夫が来る。季節はずれの「おでん」とミスマッチなサンドイッチ、イチゴを持って現れる。日差しも良く春である。桜の咲くのが待ち遠しい限り。

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・6日目
叔母が見舞いに来る。好物のイチゴを頂く ありがたい。

(別のメモより)
今日は良い陽気。気温も20℃ちかくあるとのこと。病院内を散歩した。ちょっと疲れた。まだ疲れやすい。体力の消耗が早すぎ・・・。もっと体力づくりをしなくちゃ!
実家に電話、母と話をした。お昼を夫と食べた。鉄火巻きをリクエストした。そしたら、ウニも入っていた。おいしい♪それと○○堂の和菓子を買ってきてくれた。これも美味!!「くるみもち」は、かなり久しぶり。お抹茶が欲しくなった。2個完食しました。

・8日目
主治医より手術と今後の治療の説明あり。
周囲との(腸とか)癒着が激しく、腫瘍の切除が出来なかったので、腫瘍を切り開き中の内容物をかき出したとのこと。根治治療として放射線治療を勧められた。
えーーーっな展開・・・。

・9日目
退院。
姉が迎えに来る。実家ではなく自宅に帰る。

・10日目(自宅)
術創に貼ってあるテープ(術創にまたがってる白いテープ5枚ほど)でカブレた。
数箇所、水ぶくれ。痛し痒し。術創の痛みより、痛いし痒い。軟膏を塗る。

7日後、外来。組織検査の結果を聞く。内診と採血もする。
再発だったと断言される。
腔内放射線治療を勧められる。設備が無いので大学病院を紹介される。詳しいことは大学病院と連絡を取った後でという。9日後、夫も交え説明される模様。

何度、「根治」という言葉を聞いたことか・・・。

今回の手術はなんだったんだろう。癒着がひどくて内容物だけ取って閉じてしまうなんて・・・。W先生が想像していた以上に癒着がひどかったんだろうか?そのことも予想して手術に望んだんではないのか?かなり悪い状態だったんだろうか?婦人科の手術の粋を超えていたのかな・・・。だったら、この段階で無理に切除してもらわないでよかったというべきか?などと、いろいろな事を考えたが結局、この手術が良かったのか、悪かったのかは分からない。どっちにしても再発はまたやってきた。

すべては、自分に与えられた運命で自分に与えられた事柄なのだから、受け止めて前に行くしかない。

いよいよ、大学病院通いが始まる。

                                   つづく

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2007年1月14日 (日)

どんと祭

毎年、1月14日に宮城各地の神社では、『どんと祭』が行われます。

「どんと祭」(どんとさい)は、正月飾りや古くなったお札やお守りを神社の境内で焼きます。

その火にあたることでその年の健康を祈願するという行事です。

県内で一番大きな「どんと祭」は、仙台市八幡町の『大崎八幡宮』のもので、御神火を裸装束で巡り歩く「はだか詣り」が有名です。

小さなものでは、近所の神社の前でたき火を焚くような「どんと祭」もあります。

で、中間規模(?)のどんと祭に行ってきました。

200711403 200711401

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の前は、暖かです。(*^_^*) キャンプファイヤー気分全開!+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜ 笑)

ですが、そんな青春気分も長く居ると・・・熱いです。(;´▽`A`` 燃えそうです。σ(^◇^;) 溶けそうです。┓( ̄ω ̄=)┏

露店が沢山出ていました。変わったものでは、ソバ・うどん、豚汁など。寒いから体の中から温まろうということでしょうか?

体力と根性の無い私は、寒中立ち食いソバなんて、無理。無理。

は、鼻水がっ( ̄ii ̄)

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2007年1月13日 (土)

猫バカ道 ~絵てがみ~

♪♫ リーフレッシュ!リーフレッシュ!やほ~(^o^) やほ~(^o^)♫♪

気分転換に、ちょっと部屋の片付けを・・・。と思ったら案の定、脱線w( ̄▽ ̄;)w

絵てがみセット発見! 篆刻セット発見!

で、これ↓

Img0222 .

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で、さらに、これ↓

Img0201 .

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で、トドメはこれ↓

Img0251 .

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た、たしかに。。うるさかろう・・・(´・ω・`)ショボーン

『絵てがみ』描いてはみたけど、誰もこんなコメントに困るような『絵てがみ』はいらんじゃろう。(;・ω・A アセアセ・・・

まぁ、あげんけどさっ。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

お粗末さまでした。m(__)m

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2007年1月12日 (金)

卵巣ガン(回想) 3-1

●再々発 告知
2004年初冬。 毎月1回定期検査のため婦人科外来に通っていた。主な検査:血液検査(腫瘍マーカー)、内診(細胞診、経腟超音波(エコー))。今まで、何の異常もなかった。

しかし、ここに来てエコー診で腫瘍らしきものが映っているとW先生に言われ、CT検査をして詳しく調べる事になった。

嫌な予感がする。 またか? ・・・・またなのか? いろんな想いがぐるぐる回る。

3日後、CT検査の結果を聞きに病院へ。
言いにくそうな主治医W先生。。CT検査とエコーを見る限りでは、やはり再発のようです。腟断端左部に2cmほどの腫瘍があります。腫瘍マーカーは、5.4と正常値ではあるものの上昇してきています。抗がん剤でたたきたいと思います。とりあえず3クールしましょう。と抗がん剤治療を勧められた。

・CT検査報告書から
骨盤内左側17mmの「のう胞性腫瘤」を認める。再発
ごく少量の腹水

また再発したなんて、信じなれない。一体私の何がいけないんだ!アガリクスだって飲んでいるじゃないか!頑張ったのがいけないのか!夏バテをして体調を崩したのが原因なのか!もう、何もかもイヤだ!
そんなことを延々考えながらモンモンとした日々が続いた。

また再発してしまったこと、また抗がん剤治療をしなければいけなくなったことを夫と母に伝えた。皆、落胆していた。母はうつむいたまま顔を上げようとはしない。夫は再発の原因をあれこれならべて私に言って聞かせる。 ・・・たまらない。。

そうして、またも抗がん剤治療が始まった。

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●抗がん剤治療 1クール目
1泊2日の入院。 DJ療法マンスリー。
前回もDJ療法で今回もDJ療法だ。主治医曰く再発しない期間が6ヶ月以上あればDJ療法は奏効したということらしい。

せっかく伸びた髪ともまたお別れだ。

すっかり常連となった婦人科病棟。私を知らない看護師さんは1人もいない。悲しいことなのか?嬉しいことなのか?入院すると必ず看護師さんから入院に際しての注意事項や病棟の案内などがあるが、前回の抗がん剤からすべて省略されている。「オレンジさんは分かってるから必要ないよね」という感じだ。確かにヘタな看護師さんより段取りはわかる。うっかり忘れられても「忘れてるよ」「順番違うよ」とか言ってしまう。扱いづらい患者だったに違いない。看護師さんとはよく話をするが、病友はWさんを除いて1人もいない。というより作らなかったし、避けていた。

退院後、しばらく実家のお世話になっていた。

7日後、外来。血液検査(白血球値)下がっていたので4日連続でノイトロジンを注射。大晦日も正月もない。4日後外来、白血球値は微妙で様子見。更に3日後外来。数値下がったので3日分ノイトロジンを追加。2日後外来、白血球値上昇傾向。2クール目まで自宅待機。

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●抗がん剤治療 2クール目
1泊2日の入院。翌朝ご飯を食べれたので退院。
姉が迎えに来る。そのまま実家のお世話になる。7日後外来白血球値は微妙で様子見。4日後外来。数値下がっているので3日連続でノイトロジンを注射。2日後外来。数値上がらず。ノイトロジンを打つまででもないので、自力で上がるのを待つ。が、風邪を引いてしまい体調不良。白血球値が上がらず、3クール目が出来ない。やむなく延期。

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●抗がん剤治療 3クール目
これで最後。ようやくの1泊2日の入院。漏れなく終了し実家のお世話になる。
7日後外来、血液検査(白血球)数値が下がっていたので3日連続でノイトロジンを注射。2日後外来。下がりっぱなしなので3日分ノイトロジンを追加。
抗がん剤の効果を見るため、CT検査をする。翌日CT検査の結果をW先生より訊く。

・抗がん剤は、無効だった。腫瘍は大きくなっていたのだ。2.3×2.4cm大。
ダブルのショック・・・。手術を勧められる。4日後に今後の治療についての話し合うという。

一体何を話し合うというのだろう・・・。

カテキンも寒天ももずくも、私には効いてはくれなかったのか?

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                                   つづく  

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猫バカ道 ~あの頃キミは~

卵巣ガンの回想の記事を書いています。ご存知ですね。(;・ω・A アセアセ・・・

当時、日記なんてつけていなかったので記憶の糸口をあっちこっちと探し回る毎日です。

再発ばっかりしているので、記憶はごちゃごちゃ。。汗)

そんな時癒してくれるのが愛猫です。(=^・^=)

アルバムを漁ってきたら、こんな↓写真が出てきました。♪

Img_00871ちなみに、彼女・彼らは兄弟です。そして、誕生日は12月15日。

今年で1?歳。老猫(=^・^=)です。

向かって、左から『マロン』♀ 真ん中『ミロン』♀ 右『メロン』♂

キャア♪o(=^ω^=o)(o=^ω^=)o o(=^ω^=o)(o=^ω^=)oキャア♪

ぬいぐるみみた~~い♡”ヾ(〃^∇^)ノ♪ ←猫バカです。気にしないで下さい。

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卵巣ガン(回想) 2-3

卵巣ガン(回想) 2-2のつづき

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●抗がん剤治療 4クール目 (当時のメモを見つけたので、メモより抜粋)
2003年11月中旬、1泊2日の入院。風邪気味で点滴。
タキソテール100㎎ パラプラチン660mg
朝方、頭痛と胃痛がかなりひどい。なんとか朝食を食べ、退院。姉が迎えに来る。
アガリクス原液:朝晩飲む。

翌日、便が全く出ず。下痢止めが効きすぎて大変。。やむを得ず浣腸する。
毎回抗がん剤投与時の下痢止めは効きすぎて、排便に苦労する。
アガリクス原液:朝晩飲む。

2日目、体調最悪。ベットから出れず。食欲なし、吐き気止め飲むが効果なし。
アガリクス原液:朝飲む。

3日目、体調昨日より良い。吐き気止め飲みながら、食事を摂る。
便出ず、腹が張る。座薬を入れる。
アガリクス原液:朝飲む。

4日目、やや体調良い。夫とスーパーへ買い物に出かける。
アガリクス原液:朝飲む。

5日目、体調昨日と同じ。自宅で独りで過ごす。
アガリクス原液:朝飲む。

6日目、車を運転して実家に行く。会社にも事務手続きに行く。
少し、調子に乗りすぎて疲れた。
アガリクス原液:朝飲む。

7日目、夫の送迎で病院に行く。白血球の検査。下がっていたので3日連続でノイトロジンを注射。
帰り、夫とスーパーに寄る。
アガリクス原液:朝飲む。

8日目、土曜日8:30、夫送迎で病院 注射。
予約していた、無料のパソコン教室に出席。半日の教室は思いのほか体力を消耗した。考えが甘かったと反省。
アガリクス原液:朝晩飲む。

9日目、日曜日8:00、夫送迎で病院 注射。夫に迷惑かけっぱなしで申し訳ない。
昨日同様、パソコン教室へ。動悸はするし、脈は速い。どうしたのか?
なんとか2日間の教室は終わった。
アガリクス原液:朝晩飲む。

・週の日記から
今週は行事など、忙しくし過ぎた。会社に行った。やはり、会社はいいな。ちょっとはしゃぎすぎて疲れた。パソコン教室と病院が重なってひどかった。全然、疲れが取れない。アガリクス1日2回飲んだが効いたかどうかは分からないけど・・・。注射は効いてくれているだろうか?疲れているはずなのに、眠れない。パソコン教室で良い勉強をしたけれど、生かせるときが来るんだろうか?無理かもしれない。

11日目、外来。白血球値は微妙、3日後。
朝起きると左手のむくみ・こわばりがひどい。それがとても気になり、W先生に相談。次回、腎臓の検査もしてもらうことになった。
アガリクス原液:朝飲む。

13日目、車を運転して実家へいく。
アガリクス原液:朝飲む。

14日目、病院。夫の送迎。
白血球値がまだ落ちない。腎臓の検査もしたが異常なしだった。帰り、夫と買い物。
アガリクス原液:朝飲む。

15日目、自宅にてじーっとしている。
アガリクス原液:朝飲む。

16日目、夫と鳴子温泉へ。初雪が降った。
アガリクス原液:朝飲む。

・週の日記から
このごろずっと眠れない。イライラする。更年期なのか?安定剤が手放せない状態だ、このままでいいのか? 夫も疲れているようだ。私のせいか・・・。体調が悪いようだ。

18日目、外来。夫の送迎。
白血球が下がった。3日連続でノイトロジンを注射。
アガリクス原液:朝飲む。

19日目、夫送迎で注射。午後から、姉の送迎でCT検査の為、出直してきた。
造影剤を入れた。とにかく疲れた。遅い昼食をとり帰宅。
アガリクス原液:朝飲む。

20日目、夫送迎で注射。実家へ車で行く。
アガリクス原液:朝飲む。

21日目、外来。血液検査(白血球値) CT検査の結果を聞く。
数値は微妙で様子見。 CTの結果はリンパのう胞があるとのこと。消えると思うので心配ないと説明を受ける。大丈夫だろうか?
アガリクス原液:朝飲む。

22日目、夫と外出。
アガリクス原液:朝飲む。

24日目、奥歯が腫れて痛い。かかりつけの歯科に行く。
抗がん剤治療をしていることを告げると、主治医の了解が必要だとのこと。連絡を取ってもらい、レントゲンを撮る。歯が縦に割れていると言われ、驚く。抜歯が必要だとのことで突然の抜歯。次回入れる歯形をとる。主治医宛のお手紙を渡された。
アガリクス原液:朝飲む。

25日目、病院。次回の入院日を決める。
アガリクス原液:朝飲む。

4クール目:合計6回のノイトロジン注射。

(↑当時のメモを見つけたので、メモより抜粋)
 
※アガリクスについては、個人的な見解を述べています。効能について肯定・否定するものではありません。卵巣ガン(回想)2-2もご参照ください。

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●抗がん剤治療 5クール目
12月中旬。1泊2日の入院。漏れなく点滴終了し朝ご飯も食べれたので退院。
退院後2日目はいつも体調は最悪だ。風邪も手伝ってか、頭痛がひどい。
この症状が4日続く。今までで一番辛いかもしれない。

5日目、歯科に行く。歯を入れてもらった。

2日後、外来。白血球値下がっていたのでノイトロジン3日連続で注射。
更に3日後外来、大晦日に採血。5日後、外来。白血球値は微妙で様子見。3日後外来。白血球値が下がったので3日連続でノイトロジンを注射。3日後外来。またも数値が微妙で様子をみる。6日後外来。白血球値下がってしまい、ノイトロジン3日分追加。合計9回のノイトロジン。
その翌日に6クール目を行うとW先生。白血球も上がりきらないのに6クール目をするとは。。大丈夫だろうか??不安が募る。

Img_03515←写真は、初発の抗がん剤時に、夫に剃毛してもらった記念に撮ったものです。ツルツル具合が分かりますでしょうか?再発の抗がん剤の時もこんな感じです。滝汗)
サングラスを描いたら何だかとっても『コワい人』d(▼o▼)bイエ~♪になってしまいました。orz ちなみに、まゆ毛も薄いので描いていたはず・・・。汗)

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●抗がん剤治療 6クール目
2004年1月、最後の抗がん剤。1泊2日の入院。
翌朝のご飯が食べれたので退院。7日後、外来。白血球値が下がっているので3日連続でノイトロジンを注射。翌日外来、採血。数値がかなり悪く、2日分を追加。
2日後、外来。数値微妙で様子見。4日後外来、白血球値が下がっていたので3日分ノイトロジンを追加。2日後外来し様子見。更に3日後外来、数値微妙で更に3日後の外来。数値全く上がらず、ノイトロジンを3回分追加。合計11回ノイトロジンを注射。
2日後外来、白血球値上昇中。7日後外来。内診など検査。
6クールの抗がん剤治療の終了をW先生から告げられる。検査の結果を聞きに9日後に外来にきたら、あとは晴れて月一回の経過観察に移る。

体調は、依然と思わしくないが精神的に抗がん剤治療が終わったと思うだけでかなり楽だ。日が経てば、副作用も徐々に体から抜けていくことだろう。

3月、夫の誕生日と共に治療終了のお祝いをした。

                                 つづく

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2007年1月11日 (木)

卵巣ガン(回想) 2-2

卵巣ガン(回想)2-1のつづき

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退院から約2週間後、根治治療のための化学療法(抗がん剤)が始まった。

初発で根治目的で行われた抗がん剤はTJ療法(タキソールとパラプラチン)だったが、今回の抗がん剤はDJ療法(タキソテール(ドキタキセル)とパラプラチン(カルボプラチン))を行うことになった。3クールの化学療法では、ガン細胞を殺しきれなかったということでやはり今回は6クールをマンスリーでしたいと、新しく主治医になったW先生に勧められる。

初発からお世話になっていたY野先生が他県の病院へ行ってしまった。それも何の話もなく突然。勝手に引き継ぎされちゃって・・・。ショックだった。Y野先生に全幅の信頼をおいていただけに、W先生と打ち解けるまで随分時間が掛かった。Y野先生を追いかけて病院をかえるわけにもいかず。。

そんな中、2003年8月。6クールの抗がん剤治療が始まった。

入院中、原因不明の動悸と手の痺れ・むくみ、節々の痛み(関節痛)の症状がでる。主治医より内科を紹介されて受診。循環器の超音波検査や24時間心電図およびリウマチ・膠原病の検査、血液検査などの検査を一通り行う。循環器、リウマチ等共に異常なしとのことだったが、落ち着くまで退院後も内科に通院した。

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●抗がん剤治療 1クール目
1泊2日の入院。点滴にて投与。初発時の抗がん剤の点滴は最初、下のほうがゾワゾワして掻き毟りたくなる嫌な点滴をされた。今回はそれが無いのでうれしい。その代わりに、6角形(?)した錠剤を8粒飲まされた。

髪の毛もようやく伸びてきたのに・・・。そんなことを思いながら点滴終了。翌日難なく退院した。今回から退院当日だけ実家のお世話になり、夜に夫が迎えに来る、または翌日迎えに来るといった形をとった。

7日後、外来。血液検査(白血球値)は下がらず、様子見。
2日後外来 白血球値が下がったので3日連続でノイトロジンを注射。翌日外来、全く白血球値が上がらず、更にノイトロジンを3日分追加。合計6回のノイトロジンを注射。夏の暑さが体力を奪ったのか?

ノイトロジンは右の二の腕、左の二の腕と日替わりで注射する。冷蔵庫から出したばかりのノイトロジンは普段の皮下注射の数倍痛い。
看護師さんによっても痛さに違いがある。優しい看護師さんは、ノイトロジンを両の手のひらで転がして温めてくれる。そして、ゆっくりゆっくり注入してくれる。そんな看護師さんを毎回指名したい。(切なる願い)

6日間、身体を休ませる。

・卵巣欠落症の症状が辛い。原因不明の動悸や手のしびれはこの症状だったのか?
漢方薬や安定剤、眠剤を処方してもらう。
生きているのがイヤになり、何もする気にもなれないと主治医に言うと、うつ病とカルテに記入され、抗うつ剤を処方される。この抗うつ剤で吐き気にみまわれ直ぐ中止する。

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●抗がん剤治療 2クール目
1クール目同様、1泊2日の入院。漏れなく終了し翌日退院。
7日後に外来、血液検査(白血球値)。早くも下がっている為ノイトロジン4日連続で注射。3日後、外来。更に3日後外来、下がっていたのでノイトロジン3日分追加。3日後外来。微妙な数値。自力で上げると言い放ち、6日間自宅にて免疫力UPを図る。夏バテを引きずってなかなか疲れが取れない。

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●抗がん剤治療 3クール目
2クール目同様、1泊2日の入院。翌朝のご飯が食べれたので退院。
7日後に外来、血液検査(白血球値)。またも下がっている為ノイトロジン3日連続で注射。4日後、外来。更に3日後外来、下がっていたのでノイトロジン3日分追加。2日後外来。なかなか上がらず、様子見。更に3日後外来。全く上がる気配なく、ノイトロジン3日分追加。合計9回ノイトロジンを注射した。酷暑の疲れが今頃一気に来たのか?
歯磨きをする度に歯茎から出血する。トイレにいく度お尻から出血・・・。疲れが取れない。鉛のような身体で泥沼にいるようだ。外出できない日が続く。

叔母から、アガリクスの原液をお見舞いにもらった。
同室だった、Wさんからアガリクスの原液ことを聞いていたので早速試してみた。初発の抗がん剤治療の時、夫がドラックストアからアガリクスの錠剤を買ってきた。最初は、アガリクスなんてあやしいと思っていた。だけど、あんまり夫が勧めるので、とりあえず飲んだ。免疫力のことは分からないけれど、だるさの度合いが変わったように思う。抗がん剤の副作用のだるさが『10』だとすると、アガリクス錠剤を飲んだときは『7』ぐらいになり、『やる気力』が身体の底から出てくる感じがした。

だが、再発してしまったことで、あっさり服用をやめてしまった。
そうは言っても、今回の抗がん剤の副作用はかなり辛く、回を重ねるごとに辛さは増すばかり・・・。そんな時のWさんとの出会いだった。きっと、私は何かに救いを求めていたに違いない。信じて飲んでいたからか、その時の私には良く効いてくれたように思う。
(私個人の見解ですので、アガリクスを肯定・否定するものではありませんし、効能についても同様です)

                                     つづく

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2007年1月10日 (水)

猫バカ道 ~(-_-)zzz~

今日は、天気が良くってお昼寝にはぴったり♪

・・・って、寝すぎです。(⌒□⌒;)

200711006 ・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・

♫♪眠れぇ~よい子よぉ~~♪♫

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。.:*・゚♡゚・*:.。.♡.。.:*・゚♡゚・*:.。♡.。.:*・゚♡゜*:.。.♡.。.:*・゚♡゚・*:.。

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200711004 なんとも幸せそうです。ツンツンしても起きません(;´▽`A``

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昼間のネコは、ツマラナイ!!つД`) 遊んでくださ~~い。(ToT)

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2007年1月 9日 (火)

卵巣ガン(回想) 2-1

●再発

・兆候・告知
たった4ヶ月で再発した。当時、生理の周期が乱れていた。排卵日と思われる時期に下腹部痛があり不正出血があった。それがダラダラと2、3日続いていたりして気になっていたが、排卵日にはよくあるということだった。あまり神経質にならないようにしていた。

7月外来のエコー診で、左卵巣が腫れていることを告げられる。生理前には腫れる事もよくあることと説明をうける。前月の腫瘍マーカーは正常値とのことで様子をみることになった。

その数日後、下腹部激痛に見まわれ、破裂の恐怖が蘇る。
外来受診し、CT検査、エコー検査を行う。結果、腫瘍があると告げられる。腫瘍マーカーは、7.9<8.1<13.9<15.6と上昇。

主治医から、再発したようだと告知を受ける。

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ショックだった。反面、やっぱりかという気持ちもあった。

子供は、あきらめていたけれど『ダメ出し』されたようで辛かった。
夫は、子宮も残った卵巣も悪い所は全部取ってもらって、治そうよと言う。そうなんだけど、解っているんだけどなかなか踏ん切りがつかなくって悩んだ。答えなんかとうに出ているのに。

そうこうしている間に、又も激痛にみまわれ手術予定日まで、持ち堪えられそうもなかったので、入院の準備をして病院に向かった。即、入院となり子宮も卵巣も取ることに決めた。

前回は、緊急オペだったので段取りを踏んでいなかった。今回、はじめて術前入院となった。絶食、下剤、浣腸を経験した。(手術日が決まった時点で、諸々の血液検査、心電図、肺機能、レントゲンの各種検査をしていた)

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・手術
無理に組み込んでもらった手術は、午後2時ごろ・・・。
【子宮全摘・左卵巣付属器切除・大網切除・骨盤リンパ節郭清・(腫瘍切除)】

夫と両親が私の帰りを待っていた。

帰って来れてうれしい。。だけど、随分疲れた。

目が覚めて、吐いた。(当時鼻管チューブは入管していなかった)

しばらく夫がついていたが9時頃、帰る。(帰した)

酸素マスク、尿管カテーテル、ドレーン、硬膜外麻酔、点滴、心電図 管がたくさん自分から出ている。身動きがとれない。

私がお世話になっている病院にはリカバリー室という部屋はなく、1人部屋、2人部屋をリカバリー室として使っている。

当時、婦人科病棟は満床に近い状態で、2人部屋に入った。となりのベットには入院が長いと思われる高齢の女性が寝ていた。そのとなりで私はリカバリー中。2時間おきに看護師が出入りする。

術後3日目頃に歩行し、尿管カテーテル抜去。これができると大部屋(4人部屋)に移動。

術後6日目、抜鉤(婦人科はホチキスのような針がジーンズのジッパーのように並んでいる)

胃腸の動きが悪く当初の退院予定(入院から10日)より5日遅くの退院となった。

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臨床判断
A:子宮(子宮全摘+左付属器切除+大網切除+骨盤リンパ節郭清)
  (87g、7×5cm大)
子宮内膜に限局した高分化形類内膜腺ガン 
ポリープ状に増殖 筋層に浸潤なしP+Ⅰa
子宮頚部および子宮筋層は著変なし

B:左卵巣(主病変)+左卵管
  (170g 9×9cm大)
左卵巣は中分化型類内膜腺ガン
前回摘出された右卵巣の類内膜腺ガンに比べ異型が強く融合腺管の形成を認める

左卵巣ガンは右卵巣ガンの転移か多発かは不明 子宮体ガンは多発ガン

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退院後は落ち着くまで実家にお世話になる。

                                       つづく

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2007年1月 8日 (月)

卵巣ガン(回想) 1-5

●抗がん剤治療 3クール目

2月、3回目の抗がん剤投与。1泊2日で入院した。

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自分の病気「卵巣ガン」をあまく考えていた私は、今回の治療を最後にしようと硬く心に誓っていた。

仕事が面白い時期だったし、早く会社に復帰したくてしかたがなかった。

そして、何より苦しいだけの根治治療(抗がん剤)から、一日も早く逃げ出したかった。

当時の私は、主治医Y野先生の「卵巣ガンは予後が悪い」という言葉を全く聞こうとはしなかった。

自分に限って再発なんかない。自分は大丈夫なんだと信じて疑わなかった。

あの時、3クール追加していたら今の私は変わっていたのだろうか?

どの選択が正しいかなんて分からない。

再発するかしないかなんて、お医者さんだって分からないんだから。

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退院後、7日目外来血液検査(白血球値)横ばい。更に4日後、白血球値下がってきたのでノイトロジン3日連続で注射。翌日、外来。更に4日後血液検査。白血球値、安定。

術後初めてのCT検査をし、異常ナシと報告あり。
主治医Y野先生と話し合い、3クールで終了とし、月1回の経過観察になった。

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桜がほころぶ4月、会社に復帰した。

かつら着用。不思議な感覚。復帰できた事がうれしかった。

運転免許証の更新。写真に写っている私は、シャギーを入れたロングのかつらを被り、少々引きつっている。その写真とも来年お別れだ。

                                       つづく

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卵巣ガン(回想) 1-4

卵巣ガン(回想) 1-3のつづき

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●抗がん剤治療 1クール目

抗がん剤投与から、10日目で白血球が下がりノイトロジンを3日連続で注射。

「風邪を引かないように」と、言われるが待合室はゲホゲホ、ゴホゴホしている人が沢山いる。自宅から出ないほうが風邪を引かないのでは?病院にいるほうが風邪を引きそう・・・。

実家にしばらく身を寄せていたが、そろそろ自宅も恋しくなる。何より、独り暮らし状態の夫のことが気にかかる。自由気ままに暮らせる我が家に帰るため夫に迎えに来てもらう。

クリスマスも終わったころ、髪がチラホラ抜けてきた。
聞いて覚悟はしていたが、ショックだった。枕についた毛を取りながら、どうして自分がガンなんだ!と情けなくって、悔しくって、涙が出た。

姉に坊主にしてもらうため、夫に頼んで実家へ送ってもらった。私の願いを快く引き受けてくれた姉だったが、マダラハゲの私の頭にハサミを入れるたびに、姉に笑顔が無くなって、時には鼻をすすり目を潤ませる姉を見て、坊主にしてくれと頼んだ自分の無神経さに気づいた。辛いのは自分だけだと思っていたから・・・。悲しませてごめんね、お姉ちゃん。

その夜、自宅で夫にカミソリで剃ってもらった。晴れてツルツル坊主となり出家した気分。

これで、毛穴のチクチク感が無くなった。もう、髪の毛が落ちる心配も拾うわずらわしさもない。翌日、帽子を買いに行く。夫に隠してもらいながら帽子の試着をした。

ノイトロジン注射の5日後、外来。 血液検査をして白血球値を見る。上昇してきたとのことで更に3日後、5日後と様子を見る。

●抗がん剤治療 2クール目

1クール目と同様。1泊2日で抗がん剤投与。

入院中は、バンダナで過ごす。私と同じようにバンダナや帽子を被ってる人を数名見かけるが、50代から80代のおばあちゃんだ。若い人は、廊下ですれ違うお腹のセリ出た妊婦さんだけ。話しをするのが億劫だったのでずっとカーテンを引いていた。

翌日、朝ご飯も食べれたので退院。

7日後、外来。血液検査をして白血球値をみる。下がっていないので、そのまま様子をみる。4日後外来。白血球まだ下がらず。更に3日様子をみる。白血球値がようやく(?)下がったので3日連続でノイトロジンを注射。その2日後外来。白血球の上がり具合をみる。更に3日後、又更に4日後外来。白血球も安定してきた。

                                         つづく

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2007年1月 7日 (日)

只今、工事中です。

拙ブログをご覧の皆さま、ありがとうございます。m(__)m

年も明けたことですし、少々ブログ内を工事したいと思います。

何のことはない、記事が散乱してきましたので整理します。^^;
(過去記事、コメントの誤字・脱字も気づいた範囲で修正いたしますが、文章そのものに大きな加工しません。一部の記事に追記あり。)

それと併せて、卵巣ガン回想も追加していく予定です。←これが最大の目的!

現在の出来事と混在して、読みにくくなるかも知れませんが何卒ご了承ください。

拙ブログの工事が終了するまで、ブログパトロールとコメントが滞る、遅れる。あるいは読み逃げる場合がありますが、お見捨て無きようよろしくお願い致しますm(__)m

工事中という表現をしていますが、不定期ですが出来た記事からバンバンUPしますので、コメントは24時間受け付けております!レスも漏れなくつけさせて頂きます!

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2007年1月 3日 (水)

⊂゚y゚⊃ 煮物語。

ぞうに』と入力すると⊂゚y゚⊃ が出るわたしのパソコンっていったい・・・。笑)

さて、お正月らしくお雑煮のおはなしです。

宮城のお雑煮は、焼きはぜでダシを取ります。

2007010301 .

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2007010302 そして、1尾丸ごと入ってます。

そんな宮城を代表する雑煮ですが、私は2回しか食べたことがありません。^^;

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オレンジ家のお雑煮は、鶏ガラ醤油味です。そして、お餅は四角で焼き餅を使います。

今年は、ちょっと奮発して『青森シャモロック』ガラを使用!!爆)

奮発するところが違うのでは?(笑) 

♪♫シャモシャモ・ロック!シャモ・ロック!♪♫

で、鶏ガラでダシを取ります。そこへ、カツオだし干ししいたけも投入します。絶妙なバランス!

200701035ずいき(からとり、芋がら)も入ります。

この他に、『大根』と『人参』と『なると』が入り、実だくさんな汁になります。

極めつけは、『いくら』と『せり』です!

200701032 ←『オレンジ家のお雑煮 2007バージョン』
出来上がり~~+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜ ウマーーーヾ(〃^∇^)ノ

お味はとってもよろしいのですが、シャモロックがどこにいるかは不明w

余談ですが、取り出した『青森シャモロック』(前述と違うリンクもお楽しみください)をしゃぶりながら夫が一言。

「かてーーーぇ(硬い)!・・・しっかし、よくもここまで上手に身を残さずにサバけるもんだなぁ。」と変な感心をしていました。同感です。笑)

200701031 ←おまけ♪

『くるみ餅』です。甘いお餅はあまり得意じゃない私ですが、これは好んで食べます。(^¬^)ジュル

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2007年1月 1日 (月)

明けまして、おめでとう(*^_^*)

2007年!明けちゃいましたぁ+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゜

今年もどーぞ、ひとつよろしくおねげーしますだw( ̄▽ ̄;)w

初詣は、近所の神社へ。

おみくじを引きました。末吉】←微妙です(;・ω・A アセアセ・・・

おかめが付いていました。☆笑う門には福来る。←そのとーり!!

2007010207 私にぴったりのおかめでした。笑)

※ケータイのカメラなので画像が悪くて、スミマセン。汗)
私のウデか?!苦笑)

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2007010210誰がなんと言ってもおかめです。笑)

今年も笑って楽しい1年にしたいです♪

笑いで病気なんか吹っ飛ばすぞ!!

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2007010205 2007010206

ちなみに、夫は六瓢箪』(ろくびょうたん)でした。

健康にとってもご利益があるそうです。

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やさしい夫は、これ↑を私にくれました。。・゜・(感´Д`激)・゜・。

決して、取り返したんじゃないですよw( ̄▽ ̄;)w

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