10)卵巣ガン 再々々発(再手術)

2007年4月 7日 (土)

卵巣ガン(回想) 4-3

卵巣ガン(回想) 4-2のつづき 2006年1月のこと。

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手術が終わったと夫や看護師さんに告げられるも意識が朦朧としてよく覚えていない。

ただ、辺りも寝静まり真っ暗な6人部屋の真ん中のベットに戻ってきたのはよく覚えている。

目は動くものの、全く身体が動かなかった。寝返りも出来ず両手両足も動かせず、ただ天井ばかりを見ていた。

酸素マスク、心電図、血圧計、デュアルドレーン、尿道カテーテル(婦人科から入りっぱなし、尿管にもカテーテルが入りっぱなし)、硬膜外麻酔、点滴。 紙おむつに人工肛門とパウチ・・・

高熱が続き、解熱剤と氷まくらでしばらく過ごした。

婦人科とは違い、外科病棟は医師がぞろぞろと集団で回診にくる。金曜日になると副院長が大勢従えてやってくる。さながらテレビドラマのよう。

積極的に身体を動かすようにY先生(私の外科の主治医)に言われたが、このベットでは起き上がることも出来ないと反論し、電動ベットに変えてくれれば頑張るからと無理やり電動ベットに変えてもらう。午後から電動ベットで起き上がる。リハビリ開始。

今まで何度と手術してきて、一番辛かった。身体が全く動かない・・・

術後3日目から食事が出たが食欲が湧かない 水すら1人では飲めない。自分の身体なのにもどかしい。

少し動いた手で、お腹の辺りをなでてみる。左わき腹辺りにあると思った人工肛門がない。看護師さんに尋ねたらへその7cm位上にあると言うのでびっくりした。そして感覚のないそれを触って困惑し泣いた。

朝、夕2回 ドレーンより生食を入れて腹腔内の洗浄が始まった。大きめのシリンジで500ccくらい入れて吸い出す。赤褐色の液に白っぽい浮遊物がある。4、5回作業を繰り返す。

強い圧をかけると、膣断端部から排液が漏れてきた。毎回漏れて、酷いときには術創からも漏れた。

とうとう、術創の下方が開いてしまいそこから膿まで出た。

ドレーン洗浄が始まってから4日後、ドレーンと尿道カテーテル以外を抜去。ちょっとした開放感に浸る。

翌日、腹部CT検査をし、腸や腹腔内を確認。安堵

更に5日後、尿道カテーテルの抜去を強く医者より勧められる。かなり抵抗したが、浮遊物も出てきていたので(高熱の原因も尿感染ではないかと疑われていた)仕方なく、抜去に応じた。
やはり尿意はあるがおしっこは出ない。尿管カテーテルの痛みを訴える。ベット上で看護師に導尿してもらう。痛い。

尿検査の結果、尿路感染が判明。車椅子にて泌尿器科外来を受診し、エブランチルとウブレチドを処方され、自己導尿セットと計量するようにと用紙を渡される。
日を追う毎に看護師さんより導尿は上手くなったが、6人部屋のベットの脇にポータブルトイレを置き、昼夜問わず2時間おきに導尿して計量するそして記入する・・・地獄だった。体温も上がったり下がったりとまだ高熱も出ていた。

翌日、再び泌尿器科で待望の尿管カテーテル抜去を麻酔なしで行った。痛かったがうれしい方が勝ったので感涙。血尿が出てびっくりしたが、とにかく抜去してもらいホッとした。

排液も最初はどす黒く、膿っぽいものの流出が多かったが、徐々に褐色混濁~黄色へと変わっていった。デュアルドレーンの位置を浅くする為動かす。・・・が、洗浄時ドレーンの穴がふさがってしまう事態にみまわれた。Yセンセ曰く、「オレンジさんは治りが早いようであっという間に肉が穴をふさいでしまった」と関心しきり。喜んでいいのか?
急遽、透視にて一回り細めのドレーンに入れ替え処置を行うことになった。Y先生、研修医、技師、看護師の大勢に見守られる中、失禁し尚且つ腟断端からも排液を漏らしつつ恥ずかしいやら呆れるやらで何とか入れ替え成功。

開放創となった創部も膿が激しく、毎朝のシャワーを命ぜられ挙句の果ては自分で処置管理する事になった。いや、させられた。

ベットサイドのテーブルの上には、人工肛門のお手入セット一式と排尿障害の導尿セットと飲み薬。加えて、創部お手入用のガーゼやテープ、スポンジ、ドレッシング(通称ぺったんこ)が並ぶ。
患者なのにかなり忙しい。

当初、人工肛門は見ないようにしていた。だって、信じたくないし泣きたくなるから。
だから、人工肛門の手入れは一切拒否していた。入院中は看護師さんがしてくれるものだと決めつけていた。
私の状態とは関係なく、容赦なくトレーニングさせようとする看護師さんが嫌だった。微熱も続いており導尿やらなんやらで疲れ果てて、人工肛門のことを考える余裕がなかった。トイレに行って便を処理することもガスを抜く事もしようとしなかった。パウチがいっぱいだね。ガスも溜まっているねと先生に言われても何を言わんとしているのか理解できなかった。看護師さんが私に処置させようと仕向けたのか、頼んでも誰も処置してくれなくなった。1人だけ親身になってくれてストーマのことに明るい看護師さんがいた。おかげで何とか自分で出来るようになった。やる気力を私にくれた。

2月、洗浄はまだ続いたがバックに排液が溜まらなくなったので、ドレーンをクランプした。管を腹から出したままだが、バックがないので身軽に歩ける。
排液も黄色~無色になりつつある。朝の回診で土曜日に外泊するように言われる。半ば強引に帰れと言う先生。仕方なく腹から管を出したまま初めての外泊。久しぶりの自宅はうれしい。そしてこれまた久しぶりのお風呂。開放創の部分はドレッシングでぺったんして、またドレーンは丸めてドレッシングで覆いさらにサランラップで覆ってテープで貼って入浴した。ずっとシャワーだったのでことさら気持ちいい。家って良い―。
退院してからも導尿やストマの管理、創部の手入れは続く。病院とは勝手が違うので退院後のことを夫と話し合う。夫もクタクタになる私を見てかなり戸惑っている様子。

外泊から帰った翌日、ドレーンを抜去した。もう腹腔内の洗浄はしなくてもいいとYセンセ。うれしい!

その4日後に晴れて退院。38日間の入院生活が終わった。

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2007年1月30日 (火)

卵巣ガン(回想) 4-2

卵巣ガン(回想) 4-1のつづき

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何が何だか、よく解らぬままに輸血をする。

これからどうなるんだろう・・・。縫合不全だよ、きっと。なのになぜ輸血なんだろうか・・・。外科の先生もまだ来ない、はやく検査をしてよ・・・。痛いよ。背中が痛くてベットに背中をつく事ができない。身体の置き場がない。死んだほうがマシ。。
全てがゆっくりペースでイライラして、ジレンマで泣いたり怒ったり、自分の運命を呪った。疲れてぼんやりぶらさがる輸血パックを眺めていた。

ようやく、外来の合間を縫ってか終えてか、主治医W先生が部屋に来た。

外科に転科して治療をしてください。といった内容の話だったと記憶しているが詳しくは覚えていない。ただ、すまなそうな表情と口調だった。

窓から燦々と陽が差す暖かな日で、汗ばむくらいの昼下がり。
そんな病室で、アタフタと外科病棟に引越す準備をした。朝に、髪を洗ってあげると看護師さんから言われていたのに・・・。どうして、こんなことになるのだろう。

重篤患者用の個室から外科病棟の6人部屋へ。空いてるベットはそこしかないようだ。真ん中のベットは狭くて暗い。

痛くて苦しくて死にそうなのに、此処か・・・。
付き添った、姉も夫も不満そう。

ストレッチャーに移れるか?と看護師がいう。鉛のような重い体はいうことを聞いてくれない。転がるようにストレッチャーに移る。振動で身体中に痛みが走る。

透視室に向かう。外来患者や見舞いの人たちが物珍しいそうに覗き込む。イヤな空気だ。ガタガタとその中をストレッチャーが進んでいく。

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【消化管撮影検査】の説明

バリウムを使用して食道、胃、十二指腸、大腸等を造影する検査のことで、この検査を行うにはX線テレビ装置が必要。
この検査はX線を連続的に照射し、動画像として内臓の動き等をテレビで観察しながら撮影を行う。
単純撮影では写すことのできなかった食道、胃、十二指腸などの内壁にX線吸収の高いバリウムと言う造影剤を塗り付けることにより表現された粘膜や微細病変を撮影して診断をする。

Tv011Tv021

←具合が悪いときに乗ると、最悪。

『健康っていいなぁ~』としみじみ思う乗り物。

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↑〔遠隔操作卓〕 ↑〔X線テレビ撮影台〕

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【大腸透視検査】の説明

大腸にバリウムと空気を注入し適度に膨らませて腸全体の形や粘膜の状態をX線フィルムに撮影する検査。
肛門から大腸に造影剤を注入するので注腸透視検査とも言う。

↓バリウムと注入管

Chu021

バリウムと空気を注入して検査が始まる。初対面のイケメン先生にいきなりの黄門様御対面。具合が悪いので、もうどうしようもないし、どうでも良い。(泣)
肛門からバリウムを注入するときに少し違和感がある。
また空気を注入されるため、お腹が張った感じもするが心配はいらない。が、辛い・・・。

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Chu011_1大腸の形態や粘膜の詳しい情報を知るためには、バリウムを内壁にうまく塗り付けなければならないので検査中には左回転、右回転などといろいろと動かされる。撮影台に固定されて行われる。微調整はやっぱり患者が動く。
具合な悪いときには、ジェットコースターのような感覚。死にそうになる。
写真のように、まるっきり下向きにはならなかったが、近いものを経験。自分の体重を支えられずグッタリ。痛みのせいなのか気が遠くなる。

検査は、X線テレビを見ながら外科先生3人と看護師1人 で行われ、自分もその映し出された映像を見ていた。

結果、やっぱり縫合不全だった。

Colonpc1①虫垂
②上行結腸
③横行結腸
④下行結腸
⑤S状結腸
⑥直腸
⑦肛門   

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私の場合、腟断端にできた腫瘍が⑥直腸部に浸潤していたため腫瘍と一緒に一部切除した。
運悪く、前回腔内放射線を当てたところの直腸にも放射線が照射されてその場所は硬くなっていたようだ。そうなったところは縫い合わせても、くっつきづらいという。

案の定、ここから出血し、手術後食べたモノもここから体内に流れ出た。

貧血と腹膜炎でショック状態だった。腹膜炎が悪化すると敗血症で死ぬ。
後から、左肋骨付近まで汚い血がきていたとW先生から教えられる。当初は背中が痛かった。その為ずっと左側を下にして寝ていた。なので、そこに汚い血が溜まったのだろう。今でも、背中と左肋骨あたりは疲れたり、風邪を引いたりすると痛む。

1月12日のカルテには、貧血進行 透視にて縫合不全判明 外科転科となり、横行結腸人工肛門造設術を施行 とある。

透視検査を終わってからは、激痛にみまわれ死んだほうがまし!はやく何とかして!人工肛門を早くつけて!と医者に懇願した。

あまりの痛みに耐えられず、痛み止めの注射を打ってもらう。強い睡魔に襲われ・・・・夫に「今から手術だよ。」と起こされ手を握ったのは、夜の7時だった。

外は、昼の暖かさがウソのように横なぐりの風に雪が舞っていた。

夫1人が立ち会って、人工肛門造設とくっつかなかった腸の処置と腹腔内の洗浄の緊急手術が行われた。

                                つづく

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